曲目

山姥(やまんば)

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Yamanba

ストーリー

都に山姥の曲舞を舞う百万山姥といわれる遊女(ツレ)がいました。その遊女が善光寺参りをするため従者(ワキ)を連れ境川に到着します。土地の者(アイ)に道を尋ねると「上道」「下道」「上路越」があり、上路越が一番険しいが尊い道あると教えられ、その道を選択し善光寺へ向かうことにします。

すると急に日が暮れてしまい、泊まるところもなく困っていると女(シテ)が宿を貸そうと現れます。女の庵に行くと実は自分が山姥なのだと明かし、遊女に山姥の曲舞を舞うよう所望しますが、月夜に真の姿をみせようと言い捨て消え失せると先程まで暗かった辺りは急に明るくなります。(中入)

やがて山姥(後シテ)が現れ、人の世の悦びや恨みそれらは絶対観からすれば相違はないなど仏教観念から説き、また山廻りは衆生の輪廻の苦しみを現すものであり、春は花、秋は月、冬は雪を尋ねて山廻りする雄大な大自然の有様を見せ、姿を消します。

解 説

この能の山姥とは人間の妄執が積もり化身となり深山の霊気と一体化した巨大な存在とあります。この「山姥」とは一体何なのでしょうか?ある人は山に住む鬼女、または山に住み旅人を慰める遊女、山そのもの、超自然を表す何か、仏の教えを舞を交え教える説教者とか諸説色々あります。

間狂言では廃屋の「木戸」や「どんぐり」が「鬼女」になるとか・・・。謡も仏教用語が目白押しで「宇宙的スケール」のとても大きく難解な曲です。

小書「雪月花之舞」(せつげっかのまい)では地次第後、杖を扇に持ち替え常にはない「吉野龍田の花紅葉」を謡い、地は「更科越後の月雪」と受け、破ガカリ三段の中之舞を舞います。

初段では雪、二段で月、三段で花を見る型があります。また、この小書は本来五番目である山姥を初番目にするようで、「鬼」から「神」へ神格化しているのかも知れません。

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